27/07/2024
パットメセニーの新譜 MoonDial
今回のアルバムは、全曲マンザーバリトンギターにナイロン弦を張って演奏した。
そのパットとリンダの出会いは、1978年に遡る。
リンダ・マンザー著「森の中からジャズが聞こえる―パット・メセニーのギターを作る」より
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「君のギターを見たい、とパットが言ってきた」
"パット・メセニーを初めて見たのは、ジョニ・ミッチェルとのジョイント・コンサートのとき。1978年のデトロイトでのコンサートだったわ。ベースをやっている友人が、どうしても行きたいっていうんで、私も一緒に行くことになったの。
そのときはまだ、パットのことは知らなかったのよ。パットの存在すら知らなかったくらい。私のお目当ては、ジョニ・ミッチェルだけだったわ。
ライル・メイズとジョニ・ミッチェルとパットの3人が一緒に演奏したあとで、パットのソロになったの。
パットのギターを聞いているうちに、私のなかで何かがひらめいたの。急に心のスイッチが押されたようになった。心の奥深いところに、パットの曲が話しかけてくるみたいだった。あんな神秘的な体験って。ほんと、初めてよ。
だれかが演奏しているのを聞いて、あんなに感動したり、打ちのめされたりしたのは初めてだった。帰ってすぐに、パットのアルバムを買いに行ったっけ。
それから3年位して、しばらく仕事を離れて世界中を旅行したの。
日本に行ったのもこのときが初めて。もちろん、日本語は一言もわからない。ひとりでレストランに入って、料理を注文する勇気なんてなかったわ。だから、いつも飢えてた(笑)。
到着した日なんて、何にも食べるものがなくって、仕方がないから3食マクドナルドに通い詰めたっけ。当時マクドナルドは、東京に一軒しかなかったみたいよ。
日本に滞在しているあいだに、偶然パットのコンサートがあるって聞いて、新宿に行ったわ。新宿の西口で、コインロッカーに荷物を預けたんだけど、どれもみんな同じようなロッカーでしょう? しかも、新宿は途方もなく広い。どのコインロッカーだった
わからなくなっちゃって。もうあのときは泣きそうだったんだから。たいへんな思いをしたけど、コンサートは最高だったわ。
1982年の1月にトロントに戻って、ギター製作を再開したの。
そのころ、ピーターっていうデンマーク人の弟子が一人いたのよ。弟子っていうより、半年という約束で教えていた生徒なんだけど。
旅行から帰って、またまた一文なしだった。ほとんど住むところもなかった状態。工房はあっだけど、寝るところはなかった(笑)。
ピーターも同じ。二人とも、人のうちのカウチで寝たり、転々としてたわけ。でも、全然みじめじゃなかったわ。仕事一筋だったから。仕事さえできれば、あとは何でもよかったの。元気いっぱいで、さあ今晩はどこで寝ようかっていう具合に、寝る場所を求めてあちこち歩き回っても、まったく平気だったわ。
同じ年の7月に、パットがトロントに来たのよ、コンサートツアーで。ピーターとは、とってもいい友人になっていたから、二人で行こうっていうことになってたの。
コンサート会場に向かうバスのなかで、パットに手紙を書いた。自分の経歴とか。こんなギターを作ってますっていうような形式的なことを書いてたら、ピーターに言われたの。自分の正直な気持ちを書いたら?って。
たしかにそうだと思ったの。だから正直に、あなたの熱狂的なファンです。ギターを作っているので、もしよかったら、工房にお茶でも飲みに来ませんか? ギターをお見せしたいんですがって書いた。その手紙をコンサートの前に、受付の人に頼んで渡してもらったの。
コンサートが終わって感動の余韻にひたりながら、ステージの前でパットの使ったギターを見ていたの。そうしたらさっきの受付の人が来て「パットが会いたいって言ってるよ」って言うじゃない。そんな! まさか! どうしようって感じだった。
そばにいたピーターの腕をつかんで、「一緒に来て!」って頼んだの。ピーターは「ダメだよ。これは君のチャンスなんだから」って断わったんだけど、「これも授業の一貫よ」って無理やり連れて行っちゃった(笑)。
楽屋に入って、パットに会った瞬間、魅かれたわ。ものしずかで、落ち着いてて、感じのいい人だった。私の話を熱心に聞いてくれた。
ピーターを連れて行ったのは正解だったわ。私がパットと話しているあいだに、ピーターとドラムのデニー・ゴッドリブが意気投合しちゃったの。私たちが話しているのを見て、あのままじゃ、話だけで終わって、ギターを見せるチャンスはないって感じだったので、今すぐ現物を持ってくるように、なんとなく仕向けてくれたの。
一目散でタクシーに乗って、工房に戻ったわ。
私って、本当に運がいいと思うのは、あのとき偶然、弦の張ってあるギターが2本、手元にあったってこと。だいたいいつも、作った先から売ってたから、手元にギターがあることなんて珍しかったの。パットにギターを見せることになるなんて、考えてもいなかったから。その2本を抱えて、またタクシーでホテルへ飛んで帰ったわ。
パットは、ダブルベッドの片側に、足を組んですわってた。裸足だったわ。パットがギターを試しているあいだ、ピーターと私は床の上にすわって、聞いていたわ。
両方ともフラットトップだったけど、1本はトップ材がシーダーのカッタウェイ。そっちのほうはあまり気に入らなかったみたい。で、もう一本のほうをためしたの。トップがジャーマン・スプルース製でノンカッタウェイ。こっちはすぐに気に入ってね。結局、このギターで、その日のコンサートの曲を全部弾き直しちゃった。夜中の3時まで。
今だからわかるけど、これはかなりめずらしいことだったのよ。パットは、コンサートのあとは。たいてい1人でいるの。私みたいな、まったく知らない連中と夜中まですごすなんてことは滅多にないわ。本当に運がよかったのよね。
全曲弾き終わって、パットが一言「これ、1本オーダーしたいんだけど」。パットの前では、あくまでも平静を装ったわ。「いいですよ」ってね。
でも、部屋を出たとたん、すぐに大声で叫んだ。「やった!」ってね。私もピーターもうれしくって、エレベーターのなかで飛び跳ねたっけ。とにかくうれしくってうれしくって2人で、浜辺まで歩いて行った。もう明け方の五時ごろだった。嘘みたいだけど、その日は私の誕生日だったのよ。"