
17/02/2025
【七十二候だより by 久栄社】 <第4候>
土脉潤起(つちのしょう うるおいおこる)
2月18日は、二十四節気は2番目の節気、『雨水(うすい)』、天から舞い降りる雪が雨へと変わり、氷が水になり、雪解けも始まる頃。
江戸時代に出版された『暦便覧』には、「陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となればなり」と記されています。
冬の間は凍てついて、眠りについていたような大地に、漸く寒さもゆるんで、しっとりとした春の雨が降り注ぎます。
2月も半ばになると、冬型の気圧配置が緩むことが多くなり、低気圧の影響を受けて雨が降る機会が増えていきます。
実際のところは、北国では積雪が続く時期でもありますが、寒さが峠を越えて、日に日に暖かさを感じる機会が多くなります。
そうした中で、『雨水』は、昔から農耕の準備を始める時期の目安とされてきました。
七十二候では4候、雨水の初候、『土脉潤起(つちのしょう うるおいおこる)』の始期です。
早春の雨で大地が潤って湿り気を含み、まるで脈を打つように土が緩んでくる頃。
『雨水』の七十二候では、節気自体の主題が全体を貫いているようであり、3つの候が連なって、自然界に春らしさが増していく展開を表しております。
雪から雨へと「気象」や「天候」の移り変わりを受けて、大地と大気が共にうるおい、全ての生命を支える植物が萌え始めて、季節の進展を表します。
即ち、春先の恵みの雨を受けて、この初候の4候にて、大地がしっとりと「潤い」を取り戻し、次候の5候では、大気の方も湿り気を帯びて「霞」が登場し、末候の6候では、湿潤を感じ取った「草木」が芽吹き始めて、早春ならではの風景が周囲に広がっていくのを実感するような展開となっています。
「脉」は「脈」の異体字です。日射しを受けてぬかるんだ道などで、土の匂いもほのかに漂ってきそうな情景です。
この時季には、「土匂ふ」「春の土」「土恋し」などの季語が使われ、大地に春の息吹きを感じ、春到来の喜びを表します。
近現代の俳句の世界では、例えば、明治・大正・昭和を生きて活躍した俳人・小説家の高浜虚子には、「春の土」を詠んだ次の句があります。
「鉛筆を 落せば立ちぬ 春の土」 高浜虚子
ふとしたことで鉛筆を手から落としてしまったところ、土にすっと刺さって立ったのを発見して、土に潤いが戻ったことに春が到来したのを実感している情景が伝わってきます。
実は、本元である中国の七十二候・宣明暦では、『雨水』の初侯は、『獺祭魚(だっさいぎょ/たつ うおをまうる)』となっており、春に動物の動きが活発になる情景の一つですが、「獺(かわうそ)」が獲らえた獲物の魚を岸に並べる習性を見て、まるで神様や先祖に対して供物を並べて祀るようであると見立てた内容です。
この獺の祭を「獺祭」と呼び、日本酒の銘柄にもなっておりますが、転じて物事を調べるのに際して多くの参考文献を周囲に並べることも「獺祭」といいます。
正岡子規は自らを「獺祭書屋主人」と称したため、子規の命日である9月19日は「獺祭忌」と呼ばれております。
古典俳諧の世界では、江戸時代の三大俳人のひとり、俳聖と呼ばれた松尾芭蕉には、次の句が残されております。
「獺(かわうそ)の 祭見て来よ 瀬田の奥」 松尾芭蕉
大津の瀬田に行ったら、瀬田川の奥は琵琶湖であり、そこに棲む獺が今頃は獺祭魚という祭をやっているので是非ご覧なさい、という意味であり、ユーモアを交えた言葉を添えて、人を送り出したときに詠んだ句と言われております。
日本絵画の世界では、大正・昭和に活躍した川端龍子が戦後に描いた『獺祭』があり、現在は東京都大田区の龍子記念館が所蔵しております。
袈裟を着た僧正の恰好をした獺が真ん中に描かれ、目の前には獲物の魚がいくつか並べられており、とてもユーモラスな絵であり印象的です。
<続きは、以下の「七十二候専用ブログ」をご参照ください>
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「三寒四温」という言葉も、この時期くらいから、より頻繁に使われるようになりますが、ご存知の通り、寒い日が三日ほど続いた後に、暖かい日が四日ほど続くということで、7日間周期で寒暖が繰り返される現象です。
実は、もともと朝鮮半島や中国北東部のことわざで、シベリア高気圧の影響を受ける冬の気候を表す意味で使われておりました。
日本に伝来して、日本の気候は太平洋高気圧の影響も受けるため、冬には現れにくいことから、日本では春先に用いられ、「三寒四温」を幾度か繰り返しながら、だんだんと暖かくなり、季節は春に向かうというような使われ方が定着しました。
さて、雛人形をいつから飾るかについては、地域によって風習も違いますが、一般的には、『立春』から2月中旬にかけて、できれば日射しがあって穏やかなお日柄の佳き日が良いとされております。そして、『雨水』の始まり、この日に雛人形を飾ると良縁に恵まれるとも言われているようです。
背景は諸説あるようですが、命が芽吹く季節を迎え、生命の源である水の神様にあやかるということがあるようです。
「春一番」は、冬から春への移行期に初めて吹く暖かい南よりの強い風で、『立春』から『春分』までとされていますが、ちょうどこの頃から吹くことが多いようです。
その風圧の凄さは、おだやかな情景とは趣が異なりますが、春に向けての象徴的な風物詩の一つです。
一方、北海道においては、『立春』以降に初めて降る、雪がまじらない雨のことを「雨一番」と呼ぶそうです。
2月下旬に北海道南部から始まり、3月には全道が「雨一番」の季節を迎えるようで、こちらも雨水らしい春の訪れを象徴する表現です。
早春に降り注ぐ雨水の恵みを受けて、時に柔らかな日射しの下で、大地の匂いや息づかいに春の気配を感じられる頃合いとなりました。
私たちも、本格的な春の到来に向けて、暖かい季節の新たな活動にも想いを馳せながら、心と体をしっかりと目覚めさせていきましょう。
『雨水』の頃から降って、植物の芽吹きを促す役割を果たす雨のことを「木の芽起こしの雨」と呼ぶそうです。
そして、春の雨は、『啓蟄』『春分』と節気が進む中で、草木や花に養分を与えて育成を助けるので、「養花雨(ようかう)」とか「育花雨(いくかう)」と言われるようになります。
また、これからの季節、『啓蟄』の「桃」や『春分』の「桜」をはじめ、様々な花を催すが如く、開花を促すように降る雨は、「催花雨(さいかう)」と呼ばれるに至ります。
自然界に潤いを感じつつ、人としても、肌や体内の潤いに加えて、心の潤いも保ちながら、潤いに満ちた暮らしや生活にしていきたいものです。
そして、花と雨との関係性も意識しながら、心身にも日々の営みにも、みずみずしさを感じられるような環境づくりを心がけて、公私の両面において、種蒔き・水撒きとなる行動を展開し、大切に思っていることをしっかりと育てて、素敵な花を開かせていきたいと思う次第です。