けいそうビブリオフィル

けいそうビブリオフィル 「けいそうビブリオフィル」は勁草書房編集部が運営するウェブサイトで? 勁草書房編集部のウェブサイトです。「けいそうビブリオフィル」という名前には、私たちの「知に対する愛」が込められています。試行錯誤しながらではありますが、これまでの紙の書籍とはちがったかたちで、「知」を伝える場にしていきたいと思います。

【あとがきたちよみ】金光秀和 著『技術の倫理への問い 実践から理論的基盤へ』より、「序章 技術の倫理という問い」を公開しました。
08/12/2023

【あとがきたちよみ】
金光秀和 著『技術の倫理への問い 実践から理論的基盤へ』より、「序章 技術の倫理という問い」を公開しました。

「序章 技術の倫理という問い」を公開しました。

書評 「取っつきにくい、分かりにくい」意匠法を学ぶために 評者 青木大也 本書は、弁理士として長年の経験を有する著者の手による意匠法の解説書である。著者は意匠法に関する類書として、すでに『ゼミナール意匠法〔第2版〕』(法学書院、2009年)...
06/12/2023

書評 「取っつきにくい、分かりにくい」意匠法を学ぶために 評者 青木大也 本書は、弁理士として長年の経験を有する著者の手による意匠法の解説書である。著者は意匠法に関する類書として、すでに『ゼミナール意匠法〔第2版〕』(法学書院、2009年)を公表しているが、本書はそのバージョンアップ版と位置づけられよう。 本書の対象とする意匠法は、知的財産法の領域の中では相対的に影が薄く、例えば意匠登録出願件数は特許出願件数の1/10ほどに留まる。しかし、ことデザインの重要性が叫ばれる中で、近時の改正とも相まって、徐々に注目を集めつつあるように思われる。そのような中で、本書は時宜を得たものと言えよう。実際、本書では、令和元年改正で導入された「画像」(Unit 8)、「建築物」(Unit 9)、「内装」(Unit 10)の各意匠についても、1Unitを割いて解説されている。 本書の特徴として、まず、各Unitに存在する「設題」とそれに対応する「設題の検討」が挙げられる。例えば、「類似と創作非容易性」(Unit 17)では、「歯ブラシ立て」に関する意匠の具体的な図面を前提に、類否判断や創作非容易性判断に際して、どのような証拠を収集するべきかを尋ねる設問がある。読者において、どのような証拠を用意すれば自己に有利な判断を引き出せるか、実践的に検討させようという意図を読み取ることができる。また、「関連意匠」(Unit 20)は、複雑な関連意匠制度について、図を用いた類例を説明することで、読者の理解を深めるとともに、設例の相談事例において、どのような出願形式を採用するべきかを検討させるものとなっている。 次に、著者はUnit 1「意匠法の目的」、Unit 2「意匠とデザイン」を本書の導入部として用意し、意匠を保護する意味、デザインと意匠の関係等を検討している。例えば、意匠法の目的について、「『よく分からない』は正しい」(Unit 1)とし、様々な見方があることを説明することで、読者の側での検討を促している。先の「設題」・「設題の検討」等と共通して(そしてそれよりも抽象的な、あるいは理論的な話題として)、読者に意匠法について考えてもらうための仕掛けということもできるだろう。更に、続けてUnit 3からUnit 6にかけて、不正競争防止法、特許法、商標法、著作権法と意匠法との調整についての解説が用意されている。意匠法のみでデザインの保護が完結することはなく、様々な法制度を駆使して立体的にデザインを守ることを指摘する一方で、それらの調整にも目が配られている。 加えて、「実務のためのひとこと」を見ると、おそらく実務において著者が接したであろう、意匠法にまつわる様々な疑問や誤解について、コメントがされている。中でも、部分意匠が全体意匠に比べて一律に広い権利範囲を有するというわけではなく、使い分けが重要であると指摘する点は、いわゆる部品の意匠との関連も踏まえて何度か説明されており、おそらく筆者が頻繁に同様の質問を受けたテーマ(すなわち、それだけ実務において悩まれているテーマ)と推察される。 このように様々な配慮がなされた本書であるが、その性質上、限界も指摘できる。 まず、本書はUnit形式で重要なテーマを抽出したとしているため、意匠法を網羅的に学習する場合には、不足がある点に留意する必要がある。例えば意匠の「実施」概念や、「秘密意匠」等に対応するUnitや詳細な解説は用意されておらず、評者としては少々残念に思うところである。 また関連して、本書は読者の特許法に関する知識をある程度念頭に置いているように思われる。これは意匠法が特許法の仕組みに依存するものである上、(特に弁理士試験受験生も読者として想定する)本書もあくまで意匠・意匠法特有の話題を扱うことを目的としたもので、著者も割り切ったものと推察される。しかしその結果、例えば「ダブルパテント」(Unit 21)、「優先権」や「複合優先」(Unit 25)といった単語が説明なく登場する。各種審判や審決取消訴訟といった特許法にも存在する手続の説明も省略されている。特許法を抜きに意匠法のみを学習しようとする読者は限られると思われるが、留意する必要があろう。 加えて、法改正はじめ動きの激しい知的財産法に関する書籍の宿命ではあるが、不断の改訂が期待される(またその際には、別途全体的な筆致や内容の確認も望まれよう)。実際、新規性喪失の例外(Unit 19)に関しては、令和5年改正により、その(意匠法4条2項類型に係る)手続要件が緩和されるに至った。もちろん本書もその改正自体には言及されているものの、具体的な運用については、意匠審査基準の整備等を踏まえての筆者による解説が期待される。 しかしそれらの点を踏まえてなお、本書が「取っつきにくい、分かりにくい」意匠法を学ぶための道標となることは、すでに述べた通りである。筆者の「デザイン」した本書が、意匠法を学ぼうとする読者のよすがとなることを願う。 評者 青木大也(あおき・ひろや) 大阪大学大学院法学研究科准教授。専門は、知的財産法。主著として、『知的財産法〔第2版〕』(共著、有斐閣、2023年)、『知財判例コレクション』(共著、有斐閣、2021年)、『図録知的財産法』(共編著、弘文堂、2021年)など。 『33のテーマで読み解く意匠法』 著者 峯 唯夫 著 ジャンル 法律 出版年月 2023年7月 ISBN 978-4-326-40421-6 判型・頁数 A5・240ページ 定価 2,750円(税込) 意匠実務界の重鎮の手になる学習書の決定版!具体例や実務の視点を織り込み、重要テーマを分かりやすく解説。基礎固めに最適な一冊。 勁草書房ウェブサイトへ 

書評 「取っつきにくい、分かりにくい」意匠法を学ぶために 評者 青木大也 本書は、弁理士として長年の経験を有する著者の手による意匠法の解説書である。著者は意匠法に関する類書として、すでに『ゼミナール意匠法...

【憲法学の散歩道/長谷部恭男】第36回 刑法230条の2の事実と真実 今回はややこしい話なので、短めに済ませることにする。刑法230条には、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の拘禁刑又は50万...
01/12/2023

【憲法学の散歩道/長谷部恭男】
第36回 刑法230条の2の事実と真実

 今回はややこしい話なので、短めに済ませることにする。刑法230条には、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処する」とある。表現の自由との関連で、憲法学でもおなじみの条文である。『広辞苑』によると、「摘示」とは、「かいつまんで示すこと」である。隅から隅まで逐一にというわけではなく、要点を示すということであろう。……

 今回はややこしい話なので、短めに済ませることにする。刑法230条には、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処する」とある。表現の...

【あとがきたちよみ】ピッパ・ノリス 著/山﨑聖子 訳『懐疑主義の勧め 信頼せよ、されど検証せよ』より、「訳者あとがき」を公開しました。
30/11/2023

【あとがきたちよみ】
ピッパ・ノリス 著/山﨑聖子 訳『懐疑主義の勧め 信頼せよ、されど検証せよ』より、「訳者あとがき」を公開しました。

「訳者あとがき」を公開しました。

【あとがきたちよみ】角田政芳・関 真也・内田 剛 著『ファッションロー 第2版』より、「第2版はしがき」を公開しました。
22/11/2023

【あとがきたちよみ】
角田政芳・関 真也・内田 剛 著『ファッションロー 第2版』より、「第2版はしがき」を公開しました。

「第2版はしがき」を公開しました。

【あとがきたちよみ】中西啓喜 著『教育政策をめぐるエビデンス 学力格差・学級規模・教師多忙とデータサイエンス』より、「まえがき」を公開しました。
21/11/2023

【あとがきたちよみ】
中西啓喜 著『教育政策をめぐるエビデンス 学力格差・学級規模・教師多忙とデータサイエンス』より、「まえがき」を公開しました。

「まえがき」を公開しました。

【あとがきたちよみ】我妻 榮・良永和隆 著/遠藤 浩 補訂『民法 第11版』より、「第一一版改訂にあたって」を公開しました。
14/11/2023

【あとがきたちよみ】
我妻 榮・良永和隆 著/遠藤 浩 補訂
『民法 第11版』より、「第一一版改訂にあたって」を公開しました。

「第一一版改訂にあたって」を公開しました。

【あとがきたちよみ】西川 開 著『知識コモンズとは何か パブリックドメインからコミュニティ・ガバナンスへ』より、「はしがき」を公開しました。
10/11/2023

【あとがきたちよみ】
西川 開 著『知識コモンズとは何か パブリックドメインからコミュニティ・ガバナンスへ』より、「はしがき」を公開しました。

「はしがき」を公開しました。

【コヨーテ歩き撮り #189】この巨大な彫刻を見るとみんなが笑う。笑うときには、さくらんぼの甘みとスプーンの感触を思い出している。ミネアポリス。On seeing this huge work of art, everybody burst...
06/11/2023

【コヨーテ歩き撮り #189】
この巨大な彫刻を見るとみんなが笑う。笑うときには、さくらんぼの甘みとスプーンの感触を思い出している。ミネアポリス。

On seeing this huge work of art, everybody bursts out laughing. And when they laugh, the sweetness of cherry and the feel of spoon are already in their mouth. In Minneapolis.

この巨大な彫刻を見るとみんなが笑う。笑うときには、さくらんぼの甘みとスプーンの感触を思い出している。ミネアポリス。 On seeing this huge work of art, everybody bursts out laughing. And when they laugh, the sweetness of cherry and the feel of spo...

【掌の美術論/松井裕美】第9回 美術史におけるさまざまな触覚論と、ドゥルーズによるその創造的受容(後編) この連載では数回にわたり、美術史家における「触覚」をめぐる著述を紹介している。前回の記事から取り組んでいるのが次のような問いだ。すなわ...
26/10/2023

【掌の美術論/松井裕美】
第9回 美術史におけるさまざまな触覚論と、ドゥルーズによるその創造的受容(後編)

 この連載では数回にわたり、美術史家における「触覚」をめぐる著述を紹介している。前回の記事から取り組んでいるのが次のような問いだ。すなわち、芸術理論が作品分析という実践に移されたときに、どのように特定の概念はオリジナルの意味からずらされていくのだろうか。具体例として扱っているのは、ジル・ドゥルーズの『フランシス・ベーコン 感覚の論理学』(1981年)である。……

この連載では数回にわたり、美術史家における「触覚」をめぐる著述を紹介している。前回の記事から取り組んでいるのが次のような問いだ。すなわち、芸術理論が作品分析という実践に移されたときに、どのように特定の...

【あとがきたちよみ】ダニエル・J・ソロブ、ウッドロウ・ハーツォグ 著、小向太郎 監訳『データセキュリティ法の迷走 情報漏洩はなぜなくならないのか?』より、「第1章 序論――予告された侵害の記録」「解説」を公開しました。
24/10/2023

【あとがきたちよみ】
ダニエル・J・ソロブ、ウッドロウ・ハーツォグ 著、小向太郎 監訳
『データセキュリティ法の迷走 情報漏洩はなぜなくならないのか?』より、「第1章 序論――予告された侵害の記録」「解説」を公開しました。

「第1章 序論――予告された侵害の記録」「解説」を公開しました。

【寄稿◎遠藤比呂通】金顕球先生にティリッヒを学ぶ――『人権という幻』と『国家とは何か、或いは人間について』のあとがきから
18/10/2023

【寄稿◎遠藤比呂通】
金顕球先生にティリッヒを学ぶ――『人権という幻』と『国家とは何か、或いは人間について』のあとがきから

 「執拗低音(basso ostinato)」というのは、丸山眞男が日本の思想について使った表現で、もともとは音楽用語です。丸山は、日本の思想の固有性は、ある思想(たとえば「キリシタンの教え」=主旋律)を「輸入」する際....

【コヨーテ歩き撮り #188】アメリカはローマ帝国だなと思った。元は鉄道用だったこのアーチの橋、いまは歩行者専用。ミネアポリスにて。The U.S. or the Roman Empire? The Stone Arch Bridge in...
16/10/2023

【コヨーテ歩き撮り #188】

アメリカはローマ帝国だなと思った。元は鉄道用だったこのアーチの橋、いまは歩行者専用。ミネアポリスにて。

The U.S. or the Roman Empire? The Stone Arch Bridge in Minneapolis, originally built for railroad in 1883, is now only for pedestrians.

アメリカはローマ帝国だなと思った。元は鉄道用だったこのアーチの橋、いまは歩行者専用。ミネアポリスにて。 The U.S. or the Roman Empire? The Stone Arch Bridge in Minneapolis, originally built for railroad in 1883, is now only for pedestrians.

【あとがきたちよみ】ダンカン・ベントレー 著、中村芳昭 監訳『納税者の権利 理論・実務・モデル』より、「日本語版への序文」「序文」「はしがき」「訳者あとがき」を公開しました。
12/10/2023

【あとがきたちよみ】
ダンカン・ベントレー 著、中村芳昭 監訳『納税者の権利 理論・実務・モデル』より、「日本語版への序文」「序文」「はしがき」「訳者あとがき」を公開しました。

「日本語版への序文」「序文」「はしがき」「訳者あとがき」を公開しました。

【あとがきたちよみ】ミヒャエル・シュトライス 著、福岡安都子 訳『ドイツ公法史入門』より、「訳者あとがき」を公開しました。
05/10/2023

【あとがきたちよみ】
ミヒャエル・シュトライス 著、福岡安都子 訳『ドイツ公法史入門』より、「訳者あとがき」を公開しました。

「訳者あとがき」を公開しました。

【あとがきたちよみ】小松佳代子 編著『アートベース・リサーチの可能性 制作・研究・教育をつなぐ』より、「はしがき」を公開しました。
04/10/2023

【あとがきたちよみ】
小松佳代子 編著『アートベース・リサーチの可能性 制作・研究・教育をつなぐ』より、「はしがき」を公開しました。

「はしがき」を公開しました。

03/10/2023

【憲法学の散歩道/長谷部恭男】
第35回 フーゴー・グロティウスの正戦論

 グロティウスは1583年、オランダのデルフトの名家に生まれた。若くして才能を開花させたグロティウスは、11歳でライデン大学に入学し、1598年にはフランスへの外交使節に加わって、オルレアン大学から法学博士号を授与されている。
 当時のオランダは、1568年に始まったスペインに対する独立戦争のさなかにあった。スペインとの休戦は1609年に実現したが、独立が正式に承認されたのは1648年のウェストファリア条約でのことである。
 1603年、シンガポールでポルトガルの交易船サンタ・カタリーナがオランダの商船団の攻撃を受け、戦利品としてアムステルダムに曳航された。船と積荷は競売に附され、東インド会社に当時のイングランド政府の国家予算に匹敵すると言われるほどの莫大な利益をもたらした。東インド会社は、若きグロティウスに、会社の行動の合法性と正当性に関する意見書の作成を依頼した。
 当時のオランダは、スペインに対する独立戦争を遂行する一方、ポルトガルに対抗して東インド交易に参入しようとしていた(当時スペインとポルトガルは、スペイン国王がポルトガル国王を兼ねる同君連合の状態にあった)。絹織物、陶器、胡椒類等の交易は莫大な富をもたらした。……

【コヨーテ歩き撮り #187】ボブ・ディランの街にやってきた。時代は変わる、歌は残る。Finally finding myself in Dylan’s town! The times they are a-changing, the so...
02/10/2023

【コヨーテ歩き撮り #187】

ボブ・ディランの街にやってきた。時代は変わる、歌は残る。

Finally finding myself in Dylan’s town! The times they are a-changing, the song remains.

ボブ・ディランの街にやってきた。時代は変わる、歌は残る。 Finally finding myself in Dylan’s town! The times they are a-changing, the song remains.

あとがき、はしがき、はじめに、おわりに、解説などのページをご紹介します。気軽にページをめくる感覚で、ぜひ本の雰囲気を感じてください。目次などの概要は「書誌情報」からもご覧いただけます。     横澤一彦・藤崎和香・金谷翔子 著 『感覚融合認...
21/09/2023

あとがき、はしがき、はじめに、おわりに、解説などのページをご紹介します。気軽にページをめくる感覚で、ぜひ本の雰囲気を感じてください。目次などの概要は「書誌情報」からもご覧いただけます。     横澤一彦・藤崎和香・金谷翔子 著 『感覚融合認知 多感覚統合による理解』 →〈「はじめに」「おわりに」(pdfファイルへのリンク)〉 →〈目次・書誌情報・オンライン書店へのリンクはこちら〉   》横澤一彦監修『シリーズ統合的認知』全巻刊行記念 監修者によるシリーズブックガイドは【こちら】 *サンプル画像はクリックで拡大します。「はじめに」本文はサンプル画像の下に続いています。   はじめに    人間に限らず,生物が複数の感覚系を持つことは,生存において,多くの潜在的な利益をもたらすことは容易に推定できる。たとえば,各感覚モダリティ(様相)が外的環境の異なる側面を感知できるため,経験できる範囲や種類が広がるだけでなく,異なる感覚モダリティが同じオブジェクトや事象に共に対応できることになる(Spence & Driver, 2004)。すなわち,異なる感覚器官は異なる物理的刺激に反応するため,複数の種類の感覚器官をもつことは,多様な情報を外界から得ることにつながり,生存に有利なのである。ここでは,ある事象(イベント)から得られた複数の感覚情報が脳内で融合して,再構成され,理解に至るまでの過程を,感覚融合認知と呼ぶ。感覚融合認知は造語であるが,文字通り,複数の感覚情報が融合した事象認知を指す。  ただ,感覚融合認知は特別な事象の認知ではなく,日常的でありふれた一瞬のうちに生じる事象の認知に過ぎない。我々は,日常的な事象の多くが,そもそも複数の感覚が融合した結果であることに気を留めることはほとんどない。ところが,1 つの事象は複数の感覚に分かれて感覚器官に取り込まれ,それらの単純な加算として処理されるのではなく,感覚間の相互作用により新たな解釈を生み出すことで,1 つの融合した認知に至っているのである。  具体的な事例で説明してみたい。ある1 つの事象を経験して,「犬が吠えた」という認知に至ったとしよう。この事象は,聴覚認知という単一の感覚モダリティで認知されたように思われるかもしれないが,日常的な状況では,犬という存在が視覚的に確認された上で,その口元から鳴き声が聴覚的に聞こえたという状況である可能性が高い。そうだとすれば,感覚融合認知に基づいて「犬が吠えた」という認知に至ったことになる。すなわち,「犬の声が聞こえた」だけならば聴覚認知,「犬の顔が見えた」だけならば視覚認知かもしれないが,「犬が吠えた」は視覚情報と聴覚情報が融合した感覚融合認知の結果を表現していると考えることができる。さらに言えば,「犬が吠えた」とは,「たった今,目の前で犬が吠えた」という状況が正確な事象説明だとすれば,特定の事象を認知するためには,時空間情報も含めた理解が多くの場合必要となる。  感覚融合認知では,日常的でありふれた一瞬の事象の認知を扱うことになるが,認知心理学とか知覚心理学で扱ってきた認知は,歴史的には個別の感覚モダリティを取り出して,それぞれの処理過程を解明する試みであった。典型的な視覚研究では,実験環境を統制するために,実験参加者を暗室に閉じ込め,聴覚モダリティなど他の感覚情報が変動しないように注意しながら,実験参加者に与えたい視覚刺激だけを呈示し,実験参加者の反応を分析してきた。視覚研究に限らず,聴覚研究であっても同様である。他の感覚の手がかりが交絡するのをできるだけ避けるために,他の感覚の手がかりを最小限に抑えながら,研究対象とする感覚モダリティの手がかりだけを操作する実験に取り組むことで,それぞれの感覚モダリティの処理過程を明らかにすることができた。このような研究の積み重ねによって,個々の感覚情報処理の過程についての理解が着実に進んだので,このような研究アプローチは大きな成功を収めたと言えるだろう。ところが,どの感覚モダリティも,他の感覚から完全に分離して理解することはできないということが徐々に明らかになってきた。そもそも,すべての体験は多感覚的であるという主張もある(Velasco & Obrist, 2020)。このことは,従来の研究アプローチの妥当性を覆すものであり,知覚の多感覚的な側面を理解することなしに,知覚意識などの説明が十分にはできないことがわかってきた(O’Callaghan, 2019)。その結果,個別の感覚モダリティを取り扱うのではなく,感覚モダリティ間の相互作用,すなわち積極的に感覚情報を交絡させる現象に関心が高まったわけだが,それは比較的最近,1980 年代になってからなのである(Stein, 2012)。  ここまで,「感覚融合認知」が,複数の「感覚」情報が「融合」した「事象」認知であると説明してきたが,「感覚」,「融合」,「事象」というそれぞれに対して,その定義を以下で説明する。   感覚とは  あらかじめ断っておくと,深淵な問題を含むので,「感覚」とは何かについてここで厳密に定義するつもりはない。あくまで,「感覚融合認知」における「感覚」について取り上げるのは,融合認知とは何かを明確にする前段階での必要性に迫られているためである。すなわち,複数の感覚情報が融合した事象認知である感覚融合認知において,感覚情報が単一か複数であるかは,そもそも「感覚」を定義しない限り,決めることができないからである。ここでは,独立した感覚器官で得られた感覚情報を「感覚」と定義し,それらが複数存在する処理過程を「感覚融合認知」として取り扱うことにしたい。  「五感」という区分は日常的によく使われ,視覚,聴覚,触覚,嗅覚,味覚という5 つの独立した感覚モダリティに分けられることは,多くの方が受け入れている。なぜならば,目から入った情報は「見える」という感覚を生み出し,耳から入った情報は「聞こえる」という感覚を生み出すからかもしれない。しかしながら,実は感覚モダリティがこれらの5 つであることは研究者によって意見が分かれるところである(Sathian & Ramachandran, 2020)。特に触覚は,単に触れられている感覚である触覚に加え,温覚,冷覚,痛覚などに分けることも可能である。さらに,運動感覚や位置感覚を含む自己受容感覚,平衡感覚,内臓感覚も感覚モダリティに含めることも一般的になっている。  さて,分かりやすく言えば,いわゆる五感は,視覚は目,聴覚は耳,触覚は皮膚,嗅覚は鼻,味覚は舌という独立した感覚器官が存在し,それらで得られる感覚情報は独立した感覚情報として扱うことで,感覚情報が複数存在する状況を定義することができる。  すなわち,五感は5 という数量に拘った区別ではなく,それぞれを独立した感覚器官に基づく感覚と捉えるとすると,それを構成する感覚モダリティ間の相互作用に関する研究は,「マルチモーダル認知」とか,「クロスモーダル認知」と呼ばれる研究分野として見なされている。このような感覚モダリティ間の相互作用に関する研究においては,研究分野によって「多感覚」,「マルチモーダル(multimodal)」,「クロスモーダル(crossmodal)」,「ヘテロモーダル(heteromodal)」,「ポリモーダル(polymodal)」,「スーパーモーダル(supermodal)」など,いくつもの用語が使われており,混乱し,問題をわかりにくくしてしまう可能性も生じている(Stein, 2012; 田中, 2022)。そもそも厳密に定義し分けることは難しく,モダリティに制限されない「多感覚」は少し広い概念を表すが,それ以外はいずれもほぼ同義で用いられることもあるので,ここでは区別せず,「マルチモーダル認知」とか,「クロスモーダル認知」などと呼ばれる研究分野をすべて包含する概念として「感覚融合認知」という造語を提案していることになる。  改めて,「感覚融合認知」は,「マルチモーダル認知」とか,「クロスモーダル認知」と呼ばれるモダリティ間の融合認知を包含するとともに,五感という別々のモダリティ間の融合認知だけではなく,モダリティ内の融合認知研究を取り上げる点に特徴がある。たとえば,両眼は別々の感覚器官であり,両耳も別々の感覚器官であるので,同一モダリティであっても,両眼間,両耳間の融合認知も感覚融合認知として取り扱うことになる。両眼視や両耳聴による事象認知や空間認知は,視覚や聴覚という単一モダリティ内の感覚情報の相互作用であっても,感覚融合認知として扱う必要がある。モダリティ間とモダリティ内の相互作用において,本質的に違いがあるのかどうかは感覚融合認知の研究テーマの1 つであろう。  一方,「感覚融合認知」と見なさない処理もある。視覚情報処理において,網膜に射影された外界情報は,特化された機能を持つ視神経細胞によって,色,明るさ,動きなどに分類されて処理されている。たとえば,色情報は,視覚系において特定の処理経路を経て,V4 など大脳腹側視覚経路の高次領野に伝えられることにより,色覚が成立すると考えられるので,脳情報処理において特定の処理経路を経るものの,明るさや動きなどの視覚情報が色とは別の感覚器官で得られている感覚情報とは見なさない。もちろん,感覚融合認知を広く定義すれば,色,明るさ,動きなどの視覚情報を統合する特徴統合理論を代表とする注意過程(注意巻参照)や,ジオン理論を代表とする図形要素の統合によるオブジェクト認知過程(オブジェクト認知巻参照)などの脳内のほとんどの処理過程も,感覚融合認知に含めることは可能だろうが,本書で取り上げる感覚融合認知は,別々の感覚器官から得られた情報の融合過程を取り上げることにするので,色,明るさ,動きなどの視覚情報の統合過程を感覚融合認知に含めないことにした。   融合とは  感覚融合とは,感覚間相互作用により,複数の感覚情報が統合され,1 つの事象としてまとまって理解される過程である。多くの場合,複数の感覚情報が融合された結果,そもそも複数の感覚情報に基づいたかどうかは顧みられないことになる。前述したように,「犬が吠えた」という認知は,多くの場合感覚融合認知であるが,視覚情報との感覚間相互作用により,複数の感覚情報が統合された結果であることを気づく必要もなく,犬の声に対する聴覚という単一の感覚モダリティでの認知だと解釈しても何も矛盾はない。別の例でも説明してみたい。我々はジュースの味の違いを味覚で味わっているように感じているが,目をつぶり,鼻をつまんで飲んでみると,どのような果物のジュースかを言い当てることさえとても難しいことに驚く。これは,ジュースを飲むという日常的にありふれた事象認知ではあるが,味覚,嗅覚,視覚の感覚融合認知の結果であることに気づくことはめったになく,味覚という単一の感覚モダリティでの認知だと解釈しても何も矛盾はない。したがって,改めて「感覚融合認知」とは日常的なありふれた一瞬のうちに生じる事象認知であり,「感覚間相互作用」,「多感覚統合」などと呼ばれる研究分野をすべて包含する概念として「感覚融合認知」という造語を提案していることになる。  融合するための重要な要因は,1 つの事象ならば,複数の感覚を生起させている情報源の空間の一致と,時間の同期が伴うことは明らかである。ただし,1 つの事象に基づく複数の感覚情報が,完全に空間的に一致しているわけでもなく,完全に時間的な同期が取れているわけでもない。空間的に完全に一致していなくても,時間的に完全な同期が取れなくても,それぞれ融合できる許容範囲に収まっていれば,感覚融合認知に至ることになる。具体的な例で許容範囲について考えてみたい。たとえば,雷という事象は稲光と雷鳴が構成されていて,稲光は主に視覚認知に基づき,雷鳴は主に聴覚認知に基づいている。稲光と雷鳴の情報源は空間的に一致しているが,光の進む速度と音の進む速度の違いにより,感覚入力の段階で時間的な同期が取れているわけではない。視覚的に確認できる雷の発生源くらいまでの距離ならば,稲光が視覚情報として到達するまでの時間はほぼゼロとみなすことができるが,聴覚的に確認できる雷の発生源からの距離は,1 秒の時間遅れごとに約340 m となるので,稲光のあと10 秒後にゴロゴロと雷鳴が聞こえたとすると,距離にして3400 m 離れていることになる。また,稲光の後3 秒と経たないうちに雷鳴が聞こえると,約1 km 以内のところに雷の発生源があると算出できる。3 秒の時間差があれば,約1 キロ離れていると推定した上で,稲光と雷鳴を融合して解釈し,1 つの事象としてまとまって理解されているが,これは光の進む速度と音の進む速度の違いに関する知識に基づいて解釈しているのであって,稲光と雷鳴が切り離されて知覚されるならば,雷に対する認知が一瞬のうちに生じた事象とはいえないので,基本的に感覚融合認知に含めない。すなわち,感覚融合認知とは,一瞬のうちに生じる事象の認知であると説明したが,それは複数の感覚情報が,少なくとも主観的には時間的に同期していることが前提である。...

  あとがき、はしがき、はじめに、おわりに、解説などのページをご紹介します。気軽にページをめくる感覚で、ぜひ本の雰囲気を感じてください。目次などの概要は「書誌情報」からもご覧いただけます。     横澤一.....

今回と次回の記事では、ドゥルーズの美術論における「触覚」の議論を取りあげたい。ドゥルーズは、前回の記事で触れたリーグルの『末期ローマの美術工芸』(1901年)における触覚論の革新性に注目した人物のうちの一人である。1981年に出版された彼の...
12/09/2023

今回と次回の記事では、ドゥルーズの美術論における「触覚」の議論を取りあげたい。ドゥルーズは、前回の記事で触れたリーグルの『末期ローマの美術工芸』(1901年)における触覚論の革新性に注目した人物のうちの一人である。1981年に出版された彼の『フランシス・ベーコン 感覚の論理学』(図1)を読むと、何よりも驚かされたのは、第14章「それぞれの画家が自分なりの方法で絵画史を要約する」以降の、アクロバティックなロジックの展開である。...

今回と次回の記事では、ドゥルーズの美術論における「触覚」の議論を取りあげたい。ドゥルーズは、前回の記事で触れたリーグルの『末期ローマの美術工芸』(1901年)における触覚論の革新性に注目した人物のうちの一.....

11/09/2023

【あとがきたちよみ】
ナンシー・スタンリック 著、藤井翔太 訳『アメリカ哲学入門』より、「訳者解題」を公開しました。

08/09/2023

【横澤一彦監修『シリーズ統合的認知』全巻刊行記念/監修者によるブックガイド】

2015年11月に刊行された『注意』からはじまった『シリーズ統合的認知』は、2023年8月の『感覚融合認知』をもって無事に全巻が刊行されました。要素還元的な脳機能の理解には限界があり、人間の行動を統合的に理解することが必要であるという視点でスタートした本シリーズは、認知心理学の王道ともいえる研究テーマや近年の研究蓄積が著しいテーマについて、それぞれの分野を代表する先生方にご執筆いただいたものです。
シリーズ全体の概要については各巻頭に収録されておりますが、完結を記念し、監修者の横澤一彦先生に全体を俯瞰する解説を改めてご執筆いただきました。脳の中にとどまらない広大な認知心理学のフィールドを探索する道しるべとして、本シリーズをぜひご活用ください。【編集部】

【コヨーテ歩き撮り #185/管啓次郎】夢に出てきそうな灯台。その光にみちびかれると?It’s the kind of lighthouse that only appears in a dream. Where does its ligh...
04/09/2023

【コヨーテ歩き撮り #185/管啓次郎】
夢に出てきそうな灯台。その光にみちびかれると?

It’s the kind of lighthouse that only appears in a dream. Where does its light guide us to?

夢に出てきそうな灯台。その光にみちびかれると? It’s the kind of lighthouse that only appears in a dream. Where does its light guide us to?

住所

Bunkyo-ku, Tokyo
112-0005

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